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 大型連休を全国一律ではなく、地方別に分散しようという考え方が国から出てきた。どのようにするのかの結論はまだまだ先のこと。これから議論百出する中で、国民の観光、余暇生活の在り方の方向性がまとめられる
▼考え方の根底には、ゴールデンウイーク(GW)などを分散させることで、高速道路の渋滞や観光地の混雑緩和に結び付け、需要の平準化を推進することで観光地の安定した雇用とサービスの提供につなげたいとの思惑があるようだ

▼現在の「憲法記念日」(5月3日)、「みどりの日」(同4日)、「こどもの日」(同5日)、「海の日」(7月第3月曜日)、「敬老の日」(9月第3月曜日)、「体育の日」(10月第2月曜日)を「休み」ではなくして、新たに5連休をつくるというのが案だ

▼5連休は魅力的ではあっても、祝日法に基づく祝日が「休み」から除外されることに対する抵抗がある。そもそも休日ではない祝日ができてしまっては、祝日法の趣旨がどこぞへと吹っ飛んでしまいかねない恐れがある

▼心配したら切りがないが、全国展開している事業所では、休日が南から北へ、北から南へと移り行くのにどう対処すべきか、取引業者との関係はどうあるべきか、単身赴任者と家族の間で休みがずれてしまったら擦れ違いになってしまう、など課題は多い

▼実施段階には、年休取得率を上げるための労働基準法の改正なども必要になるだろう。同時に休日の積極的な取得と充実した余暇生活を日本社会に浸透させることも大切だ。地域別問題点を議論し妙案を見いだしたい。
 「須川のお湯にゆっくり漬かりたい」と思っている温泉ファンは数知れず。もちろん、春の新緑、春と夏が同居する花々、秋の紅葉、登山も楽しみたい。いよいよ5月30日には約2年ぶりに国道342号が開通し、かつてのにぎわいを取り戻すものとみられる
▼須川岳(栗駒山)登山口に当たる須川高原温泉。例年、11月から翌年の春までは長い冬に閉ざされる。ところが2008年6月14日の岩手・宮城内陸地震で、温泉に通じる国道が至る所で崩落、地滑りなどで通行不能となり、大掛かりな復旧工事が行われてきた

▼早期復興を目指して工事が進められた結果、県南広域振興局一関総合支局では、今月15日から除雪を始め、5月30日に一関市厳美町の真湯-須川高原温泉間を開通させることにした。地震発生以来、待ちわびた開通まであと少しとなった

▼温泉従業員は毎年、3月になると、冬期間の積雪で傷んだ施設点検のために温泉に足を運ぶ。今年は2日に秋田県東成瀬村から雪上車に乗り込んで向かった。あいにくの濃霧だったために、周辺の景色は確認できなかったものの、取材記者によれば積雪は少なめ

▼雪による建物被害は軽微なもので、09年10月にリニューアルオープンした大浴場を含め目立った被害はなかったという。となれば開業準備に全力投球できる。温泉は例年同様、大型連休に合わせて4月28日のオープンを予定している

▼国道開通までは秋田回りの迂回(うかい)ルートとなるが、関係者は2年間の静寂がうそだったかのようなにぎわいになることを期待している。
 恵まれた自然環境の中で生活しているのに、自然と触れ合う機会の少ない県内の子供たちが多い。それだけに、田植えや稲刈りなどの農作業に参加した子供たちは笑顔にあふれている。参加してどうだった? と聞かずとも「楽しかった」と言っているように見える
▼一関地方有機農業推進協議会が一関市大東町のレクリエーション協会の協力を得て、2009年度に開催した「田んぼの学校」の体験記録集「みんなの笑顔」が出来上がった。50ページの小冊子には、生き生きと活動し満足した顔が満載されている

▼稲作や環境保全型農業について、子供たちに関心を深めてもらい、有機農業者との交流や食育の推進につなげようと07年度から取り組んでいる。言葉を優先し机上で学習を重ねても理解できないこともある。実際に田んぼに入ってヌルッとした感触を味わうことで得ることもある

▼田んぼを教室に参加した児童らは、田植え、草取りと生き物調査、稲刈り、収穫祭と6回の授業を通し、ご飯として人間の口に入るまでに多くの手数を掛けて育てていることを理解した

▼田んぼには稲と一緒にアメリカセンダングサ、オモダカ、コナギ、ホタルイなどの雑草があり、アカハライモリ、アメンボウ、カワニナ、ゲンゴロウ、タガメなどの生物も生息していることも分かった

▼田んぼに入り作業の手を動かすことで新しい発見が続き、昼食で味わったおにぎりは自然のエキスと愛情がたっぷりと詰まったものだったようで、収穫祭の笑顔は田んぼの学校ならではの子供たちの輝きを放っていた。
 地域から学校が消えるのは「寂しい」を通り越して将来に対する不安が膨らむ。このまま、少子化に歯止めが掛からなければ、県内の高校をはじめとする学校はどこまで減ってしまうのだろうか
▼共に61年の歴史を誇る県立胆沢高校と東和高校が3月末で閉校する。少子化、長期の定員割れなどから高校再編の対象となり、今年度の卒業生が最後となる。地域から高校が消えることで、進学する中学生は遠方への通学、あるいは下宿生活などを強いられる

▼東和高校は1948年に県立土沢高校(定時制)として創立。53年に全日制、63年から現校名となった。卒業生は6414人。胆沢高校は48年に県立水沢高校定時制課程南都田分校として創立。59年に若柳分校と統合して胆沢分校となり、75年に現校名となった。卒業生は3714人

▼両校とも、地元に県立高校を設置してほしいと要望し実現した歴史がある。高校進学率の向上も後押しとなり、勉強、クラブ活動、課外活動と充実した高校生活を送り、社会に巣立っていった

▼それが少子化という瞬時に解消できない現況下で、地元の熱意もむなしく校史にピリオドを打つ。最後の卒業生は東和53人、胆沢17人。一定の学級人数の下で充実した教育を受けさせたいとする教育界の願いを満たすためには乏しい人数だ

▼少子化が続く県内では、高校再編の検討が進む。授業料の無償化は歓迎されるべきものでも、地域の高校が消滅し通学の足の確保と増える交通費など、新たな負担に頭を悩ます家庭も出ている。閉校に伴う不安は多々ある。
 本県初の民間人校長として花北青雲、盛岡商で校長を務めた馬上達幸氏。いつも明るく、生徒一人ひとりに語り掛け、個性を発揮して社会に出ても自信と誇りを持って活躍できるように指導してきた異色の校長は、高校教育に別れを告げ退職する
▼6年を総括して「常に率先垂範、全力投球だったので、やるべきことはやったという満足感がある」と語った。県民、教育界の注目を集める中で高校の校長の道を歩み、自身の目指す教育像を形にしようと、銀行員生活で培ったキャリアを教育現場に生かした

▼職業観、勤労観などを児童、生徒の段階から学ばせ、社会に出ても戸惑うことなく目標に突き進むことができるように指導するキャリア教育の充実が目下求められているが、馬上氏は銀行員時代から人材発掘、育成にかかわってきただけに、即座に導入した

▼閉ざされたイメージの強い校長室のドアを開け放ち、いつでも生徒が相談に訪れることができるようにしたほか、管理職経験を生かして、就職時に役立つ面接指導も積極的に行うなど、民間企業感覚を教育現場で実践した

▼参加者が少ないPTA活動の活性化にも取り組んだ。総会をホテルで開き、コーヒーを飲みながらくつろいだ雰囲気の中で学校経営方針を説明し、父母の協力があればこそ充実した学校生活が送れると側面支援を求めた。「温かさ」「無駄の効用」は、教育に欠かせないものだとのメッセージを残した

▼4月からは花巻市の富士大学経済学部教授に就任する。高校から大学に舞台を移し、人材育成に一層力を入れる。
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