“生みの親”高橋正栄さん

第89回全国高校ラグビー大会(27日開幕、大阪・花園ラグビー場)に北上市の黒沢尻工が本県代表として16年ぶり(24度目)に出場する。「赤べこ」軍団と呼ばれ、全国にその名をとどろかせた古豪の復活に寄せられる期待は大きい。チームの歴史と伝統を、ラグビー部外部コーチの高橋正栄さん(64)と、OBで日本代表としても活躍した千田美智仁さん(51)の話からひもとく。
高橋さんは、黒沢尻工ラグビー部を指導して通算35年。全国大会出場24回のうち22回、コーチや監督として携わり、OBや関係者からは赤べこ軍団の“生みの親”といわれている。「正栄先生がいなかったら、ラグビーを続けていなかった」と話す現役選手もいるほど周囲の信頼感も厚い。伝統の強力FWを軸としたチームづくりについて、高橋さんは「ゴールラインまで最短距離で攻撃できるため、相手は防ぎようがない」と自負する。
黒沢尻工は黒、赤の横じまジャージー。FWのスクラムを組む姿勢と前進する力強さが持ち味で、第55回大会で4強入りしたころから、全国のラグビーファンの間で赤べこ軍団と呼ばれるようになった。
長い指導経験の中で、高橋さんが最も印象に残っている試合は、第52回大会準決勝の目黒(東京)戦。ゲームはみぞれが横殴りに吹きすさぶ悪条件の中で開始。前半はリードしていたが、後半にミスから逆転を許す。終了間際、勝敗の行方が懸かったペナルティーゴール(PG)はわずかにクロスバーの下に外れ、初の決勝進出はならなかった。

高橋さんは「『泥の中の青春』というタイトルで雑誌の表紙にもなった試合。勝負には運も必要。運をつかむためにも、練習が必要だと痛感した」と振り返る。この敗戦が糧となり、後に赤べこ軍団と称されるチームは全国強豪校の仲間入りを果たした。
第58回大会ではスクラムの強さに加え、キック・アンド・ラッシュを徹底。決勝まで一気に上り詰め、準優勝に輝いた。「強いFWを基礎にしたチームづくりが間違いではなかった」。これまでの取り組みが証明された大会でもあった。
フィフティーンに継承される赤べこ魂とは「ひたむきに練習を頑張ること。これが伝統」ときっぱり。今大会に向けて「2試合に勝ち、元日に(西Aシードの)東福岡(福岡)に一泡吹かせたい」と意気込む。(5回続き)

赤べこ軍団の“生みの親”と呼ばれている高橋正栄さん
高橋さんは、黒沢尻工ラグビー部を指導して通算35年。全国大会出場24回のうち22回、コーチや監督として携わり、OBや関係者からは赤べこ軍団の“生みの親”といわれている。「正栄先生がいなかったら、ラグビーを続けていなかった」と話す現役選手もいるほど周囲の信頼感も厚い。伝統の強力FWを軸としたチームづくりについて、高橋さんは「ゴールラインまで最短距離で攻撃できるため、相手は防ぎようがない」と自負する。
黒沢尻工は黒、赤の横じまジャージー。FWのスクラムを組む姿勢と前進する力強さが持ち味で、第55回大会で4強入りしたころから、全国のラグビーファンの間で赤べこ軍団と呼ばれるようになった。
長い指導経験の中で、高橋さんが最も印象に残っている試合は、第52回大会準決勝の目黒(東京)戦。ゲームはみぞれが横殴りに吹きすさぶ悪条件の中で開始。前半はリードしていたが、後半にミスから逆転を許す。終了間際、勝敗の行方が懸かったペナルティーゴール(PG)はわずかにクロスバーの下に外れ、初の決勝進出はならなかった。

国学院久我山(東京)と死闘を演じた第58回大会
第58回大会ではスクラムの強さに加え、キック・アンド・ラッシュを徹底。決勝まで一気に上り詰め、準優勝に輝いた。「強いFWを基礎にしたチームづくりが間違いではなかった」。これまでの取り組みが証明された大会でもあった。
フィフティーンに継承される赤べこ魂とは「ひたむきに練習を頑張ること。これが伝統」ときっぱり。今大会に向けて「2試合に勝ち、元日に(西Aシードの)東福岡(福岡)に一泡吹かせたい」と意気込む。(5回続き)
高橋 正栄(たかはし・まさえ)北上市出身、64歳。1967年から母校の黒沢尻工に実習教諭として赴任しラグビー部の顧問になる。以来FWコーチや監督を務め、99年に一関工に転任。2006年3月、同校で定年を迎えた。現在は黒沢尻工ラグビー部の外部コーチとして教え子でもある高橋智也監督と共に指導を手掛ける。