OBで元日本代表 千田美智仁さん

ラグビー界に数々の優秀な人材を送り出してきた黒沢尻工。その中でも最も記憶に残る選手として名前が挙がるのが千田美智仁さん(51)。1985年、日本選手権で新日鉄釜石が7連覇の偉業を達成した時の立役者であるとともに、日本代表FWとしても活躍した。そんな千田さんが現役中に実践し、苦しい場面でも支えた言葉が「練習は一番下手、試合は一番うまいと思って臨め」。黒沢尻工の当時の監督が、自分を信じて戦うよう選手に何度も繰り返した言葉だった。
千田さんが、黒沢尻工に入学したのは74年。入学試験の時、下駄箱で人一倍大きな靴を見付けた当時ラグビー部のFWコーチ高橋正栄さん(現外部コーチ)が「これほど大きな靴を履く子は、将来相当体が大きくなる」と玄関で待ち伏せし、帰り際の千田さんに声を掛けた。野球部への入部を考えていた千田さんだったが、高橋さんの積極的な誘いから「ラグビー部の方が自分を必要としてくれている」と思いラグビーを始めた。
入部当初は新入部員に優しかったラグビー部だったが、夏合宿からはそれまでとは打って変わって厳しい練習が待っていた。炎天下で2時間半の走り込みのほか、試合前に主将が選手全員のほおを平手でたたき気合を入れるのは当たり前だった。千田さんは「1年のころはとにかくつらかった。ラグビーが楽しくなったのは試合で勝つ喜びを知った2年生から」と語る。

第55回全国大会で、チームは4強入りを果たす。千田さんを含め身長180センチ以上の選手を複数そろえ、スクラムとモールの強さを武器に大差で相手を圧倒。一気に準決勝まで上り詰めた。準決勝では試合巧者の目黒(東京)を相手にスクラムトライ2本を決めたが、キックでディフェンスをかき乱されダブルスコアで敗れた。「あっという間の出来事で、ノーサイドの笛が鳴った時まだ試合があるものだと思った」と、千田さんは振り返る。
今年の県中総体で優勝した北上市立南中学校でラグビーを指導している千田さんは、16年ぶりにひのき舞台に立つ後輩の活躍に加え、教え子も全国に挑戦することを喜んでいる。千田さんは「県予選決勝のような低いタックルで前に出てFWが突進し、いいボールをバックスに出せれば勝機は見える。自分を信じて思い切ったプレーで全国レベルを体に刻んできてほしい」とエールを送る。

16年ぶりに花園出場を果たした後輩にエールを送る千田美智仁さん
千田さんが、黒沢尻工に入学したのは74年。入学試験の時、下駄箱で人一倍大きな靴を見付けた当時ラグビー部のFWコーチ高橋正栄さん(現外部コーチ)が「これほど大きな靴を履く子は、将来相当体が大きくなる」と玄関で待ち伏せし、帰り際の千田さんに声を掛けた。野球部への入部を考えていた千田さんだったが、高橋さんの積極的な誘いから「ラグビー部の方が自分を必要としてくれている」と思いラグビーを始めた。
入部当初は新入部員に優しかったラグビー部だったが、夏合宿からはそれまでとは打って変わって厳しい練習が待っていた。炎天下で2時間半の走り込みのほか、試合前に主将が選手全員のほおを平手でたたき気合を入れるのは当たり前だった。千田さんは「1年のころはとにかくつらかった。ラグビーが楽しくなったのは試合で勝つ喜びを知った2年生から」と語る。

75年の東北高校ラグビー大会2回戦、相手ディフェンスを押し崩しトライする千田美智仁さん(千田さん提供)
今年の県中総体で優勝した北上市立南中学校でラグビーを指導している千田さんは、16年ぶりにひのき舞台に立つ後輩の活躍に加え、教え子も全国に挑戦することを喜んでいる。千田さんは「県予選決勝のような低いタックルで前に出てFWが突進し、いいボールをバックスに出せれば勝機は見える。自分を信じて思い切ったプレーで全国レベルを体に刻んできてほしい」とエールを送る。
千田 美智仁(ちだ・みちひと)北上市出身、51歳。黒沢尻工を経て1977年に新日鉄釜石入社。ロックをはじめフランカー、ナンバー8で79年からのV7に貢献する。日本代表のキャップ数は26。現在、新日鉄エンジニアリング盛岡営業所長を務める傍ら、北上市のクラブチーム「ブレイズラガー」のアドバイザー。