
中央G1制覇の「メイセイオペラ」

平成十一年一月三十一日、東京競馬場で行われた日本中央競馬会(JRA)主催のGIフェブラリーステークス。菅原勲騎手(水沢)騎乗の岩手所属馬メイセイオペラが、地方所属馬として初のJRAGI優勝馬となった。この快挙は県民のみならず、全国地方競馬のファンや関係者に大きな夢と希望を与えた。
デビュー当初のオペラについて菅原騎手は「素質はあったが馬体は小さく、まさかGIまでとは思わなかった」ものの、一冬を越えると「スピードに加え体つき、風格も出てきた。今まで何百頭と乗ってきたが、これほど目に見えて成長した馬はない」という。
骨折のアクシデントもあったが、驚異的な回復力で見事復活。「普通の馬にはない強い精神力、挫折を乗り越える力があった。素直で、いざというときには度胸もあり実力を出せる馬」(菅原騎手)。遠征の一線級レースでも力を発揮し、GI挑戦の舞台は整った。
そして迎えたフェブラリーステークス(距離千六百メートル)。強豪十六頭の激しいレースとなったが、「直線に入ってもまだ余裕があり、いけると思った。思い描いた通りだった」(菅原騎手)。最後に抜け出し、一着でゴールを駆け抜けた。
ラジオでレースを解説していた岩手競馬マガジン・テシオの松尾康司編集長は、「本当に感動した。岩手のファンから始まった『イサオコール』が十万人の観衆に伝わり、また感動した」と歓喜に沸いた当時を懐かしげに語る。
地方所属馬で中央GIを制覇した馬は、これまでオペラただ一頭。地方馬が中央で勝つのは、いかに奇跡的なことかが分かる。「何カ月か後になり、本当に実感が沸いてきた。地方を応援してくれるファンがいてくれることを感じた」と振り返る菅原騎手。「岩手競馬を盛り上げるには、全国のファンが注目する馬が出ないと。大舞台で戦える馬を自分たちで育て上げ、ぜひもう一度挑戦したい」と力を込めた。
(第二部終わり)

地方所属馬で初のGI制覇を果たしたメイセイオペラ。馬上でガッツポーズする菅原勲騎手と関係者=平成11年1月31日、東京競馬場(写真家佐藤到氏提供)
デビュー当初のオペラについて菅原騎手は「素質はあったが馬体は小さく、まさかGIまでとは思わなかった」ものの、一冬を越えると「スピードに加え体つき、風格も出てきた。今まで何百頭と乗ってきたが、これほど目に見えて成長した馬はない」という。
骨折のアクシデントもあったが、驚異的な回復力で見事復活。「普通の馬にはない強い精神力、挫折を乗り越える力があった。素直で、いざというときには度胸もあり実力を出せる馬」(菅原騎手)。遠征の一線級レースでも力を発揮し、GI挑戦の舞台は整った。
そして迎えたフェブラリーステークス(距離千六百メートル)。強豪十六頭の激しいレースとなったが、「直線に入ってもまだ余裕があり、いけると思った。思い描いた通りだった」(菅原騎手)。最後に抜け出し、一着でゴールを駆け抜けた。
ラジオでレースを解説していた岩手競馬マガジン・テシオの松尾康司編集長は、「本当に感動した。岩手のファンから始まった『イサオコール』が十万人の観衆に伝わり、また感動した」と歓喜に沸いた当時を懐かしげに語る。
地方所属馬で中央GIを制覇した馬は、これまでオペラただ一頭。地方馬が中央で勝つのは、いかに奇跡的なことかが分かる。「何カ月か後になり、本当に実感が沸いてきた。地方を応援してくれるファンがいてくれることを感じた」と振り返る菅原騎手。「岩手競馬を盛り上げるには、全国のファンが注目する馬が出ないと。大舞台で戦える馬を自分たちで育て上げ、ぜひもう一度挑戦したい」と力を込めた。
【メモ】メイセイオペラは、一発大物型の父グランドオペラ、母テラミスの間に6年6月誕生。フェブラリーステークス制覇から1年7カ月後の12年8月のみちのく大賞典(盛岡)を最後に引退した。戦績は35戦23勝。引退後は種牡馬生活に入り、18年からは韓国に渡っている。
(第二部終わり)