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春っ平が、東京でお兄さんの下宿に住み着いて1年。お兄さんは卒業後、仙台に就職したので、春っ平は再び学生寮での勉強となったのですが、今度の学生寮は東京ではなく、神奈川県の江ノ島に近い鵠沼(くげぬま)海岸で、2階建ての大きな兵舎でした。部屋の窓から眺めると、窓の下からすぐ近くの海岸まで、白砂なのではだしでザブンと泳げる所でした。
海岸通りは、鎌倉から箱根までつながる道路なので、日曜などは多くの人が鎌倉までの往復マラソンなどをして楽しんでいました。また毎年正月、東京スタートで大学生の箱根往復マラソンの道になっている所でした。
海岸を歩いて行けば江の島海岸まではすぐ近く。木橋で、引き潮の時は橋を渡らずに行けるので、みんなで「江の島エレジー」などを歌いながら遊んでいたのでした。夏、江の島での素晴らしい花火が上がると、学生寮の窓からきれいに見えるし、遊びや勉強にはとてもいい所でした。
しかし朝、都心の目黒までギュウギュウ満員の東海道線は大変でした。学校は高台にあるので、授業が終わって帰るころは、富士山と夕日が見えました。帰りの電車は、まだ込まないので本なども読めるのでした。
今日も友だち5人で帰って来た。腹が減っていたので、みんな駅前でパンを買おうとしたら、前にいたおばさんが「私の家の猫にやるパンをちょうだい」と買っていった。春っ平たちは「あぁ、おれたちは猫と同じかよう」とガッカリした。学寮までパンを食べながら歩いたら、向こうから一人の警官の帽子がやって来た。「学生のくせに、歩きながらパンのむしり食いするのはやめよう」とみんなで決めたのでした。
海岸には、今日も多くの人出がありました。そこへ1人の警官がゆっくり巡回して来ました。学生らしくあいさつをしてすれ違った後、春っ平だけが振り返った時、警官も後ろを振り向き、2人の目がばったりと会ったのでした。
春っ平は何かしら頭にひらめいたものがあったので、2メートル歩いてから、もう一度振り向いたら、警官も立ち止まって、同時に振り向いていたのでまた目が合ったのでした。
警官は春っ平に手を上げながらピストルを撃つような構えをして見せたのでした。春っ平もその時、警官を見ながらコッペパンの先をピストルにして身を構えて見せながら「だれだったかなあ」と警官でないだれかの顔を思い出したのでした。警官が角帽だけの春っ平を見て思い出して笑い、春っ平も思い出して笑ったのでした。
まるで東京で見た映画のように、松林の中での西部劇の格好でやってたら、友4人が「何をしているんだい」と戻って来たのでした。春っ平と警官がお互いに顔を見ながら「やっぱり春っ平君だったんだな」と話し掛けてきたので驚きました。春っ平も「まさか田舎の同級生の顔に似ているようだったが、こんなに早く杉森君が警官になっているとは思いもしなかったからな」杉森警官との再会を喜び合ったのでした。
春っ平は、まだすねかじりの学生でしたが、杉森君は神奈川県警で試験を受けて立派に就職して働いていたのでした。杉森君とは中学校の同級生で、春っ平と同じクラスでした。彼は体はガッチリして、勉学はもちろんだが柔道が得意中の得意でした。特に巴(ともえ)投げのベテランで同級生の中ではトップでした。
今では田舎に帰らず、働いていた神奈川が好きなんでしょうね。藤沢市で楽しんでいるようでした。この間、彼と春っ平の中学生のころの「青春川柳」を書いてくれました。50年前が楽しく思い出されました。
(筆者は一関市中里出身、多摩市在住。挿絵も)
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