一関・平泉

我らの栄光の証し 各種大会 トロフィーや盾 千厩少年野球クラブ 【一関】

保護者会長として選手を応援した日々を振り返る阿部さん
「スポ少で学んだことが人生の糧になった」と仲間や指導者に感謝する髙橋さん

学校統合控え譲渡 OB、関係者の元に

 一関市千厩町を拠点に活動するスポーツ少年団・千厩少年野球クラブ。チームの歴史は古く、過去には全国大会に何度も出場している。そうしたOBたちがつかんだ「栄光の証し」といえる各種大会のトロフィーが、このほど関係者に無償譲渡された。保管場所だった地元小学校の統合に伴うもので、受け取った元選手や保護者らは練習、試合、応援に燃えた日々を懐かしんでいる。

 同スポ少のトロフィーは、これまで千厩小学校で保管されてきたが、2018年度の学校統合で同校が閉校するのに伴い、置き場がなくなったことから「ただ処分されるのは忍びない」と、千厩まちづくりが5月に譲渡会を開催。千厩まちづくり代表取締役社長で、同スポ少元保護者会長の北田文人さん(69)、スポ少代表の千葉祐一さん(70)、元千厩小校長の三浦哲朗さん(67)が発起人となって関係者に呼び掛け、約100点あったカップや盾、パネルのおよそ9割がOBや地元団体の手に渡った。

 約30年前に同スポ少の保護者会長を務めていた阿部文殊さん(68)=同町千厩字石堂=は、1985年7月、当時6年生でキャプテンを務めていた息子の和彦さん(44)が出場した全国スポーツ少年団軟式野球交流大会県予選の優勝盾を譲渡会で見つけた。「立派な盾で一番最初に目に留まった。よく見ると息子が出た大会だった」。早速申し込むと他にも応募者がおり抽選となったが、見事に当選。自宅に持ち帰って和彦さんに見せると、大会のことを思い出していたという。

 県予選で保護者会は会場の普代村までバスで移動し、テントを張って選手たちを応援。優勝後、千厩の商店街をみんなでパレードしたことが思い出に残っている。「当時はクラブの人数も多く、ポジションを争うライバル同士でありながら、みんな仲が良かった。親たちもスポ少活動に熱心で結束感があった」と振り返る。同スポ少に所属した孫も現在は高校球児として奮闘中で「今度は孫の活躍を見守りたい」と、子から孫へ世代を超えてエールを送り続ける。

 元投手の髙橋貴浩さん(25)=同市山目=は、新聞で譲渡会の開催を知り、OBメンバーと一緒に足を運んだ会場で自分が出場した大会のトロフィーと盾を受け取った。トロフィーは2003年10月、髙橋さんが小学5年の新人大会で優勝した時の物。その後の県大会は負け試合で、自身のピッチングや味方のエラーにふてくされ、グローブを投げてしまった苦い思い出がある。

 「その時のコーチに『思い通りにいかないからといって一喜一憂しては駄目だ。周りを見て』と叱責されたことを今でもよく覚えている。それから翌年の全国大会ではエラーがあっても動じず、延長戦で逆転することができた。一関学院に入学し、甲子園に行けたのもスポ少で学んだことが糧になっていたからだと思う」と、同じ時間を過ごした仲間や指導者に感謝する。

 04年度千厩町スポーツ栄光賞の文字が刻まれた盾は、髙橋さんらの全国出場をたたえて贈られた。当時のキャプテンで、捕手を務めていた友人の丹野大さん(25)が卒業時に受け取った物といい「直接キャプテンに手渡したい」と、チームメートとの再会を楽しみにする。

 多くの関係者の手にトロフィーが渡ったことに北田さんは「歴史の長いスポ少で、実績もある。それぞれ思い入れのある物なので捨てられることなく大勢の人に喜んでもらえて良かった」と語った。

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