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障害と震災乗り越え 平昌パラに挑む阿部友里香選手(山田町出身)

インタビューに答える平昌パラリンピック代表の阿部友里香さん=2017年12月28日、札幌市内のホテル

 本県の太平洋岸で豊かな漁場を持つ人口約1万6000人の山田町。人々の視線は9日開幕の平昌パラリンピックに注がれる。期待を集める22歳の阿部友里香選手(日立ソリューションズJSC)は、ノルディックスキー距離とバイアスロンの代表選手だ。

 生まれつき左腕が不自由だった。それでも母の英美さんによると「昔から好奇心旺盛で、活発で元気な子」。女子相撲やバレーボールに熱中した。そんな阿部さんの人生を変えるきっかけがあった。

 中学2年生だった2010年、バンクーバー・パラリンピックを見て興味が湧いた。「健常者でなくても競い合えるところがあるんだな。やってみよう」。近所の山田高に進学してスキーに取り組もうと考えた。しかし卒業間近の11年3月、東日本大震災が発生。

 実家は津波にのみ込まれた。「あそこが人生のターニングポイントになった」。深い悲しみの中で「頑張らなきゃ」と奮い立った。パラリンピックの夢を本気でかなえようと、地元を離れてスキーの強豪校に進んだ。

 初心者だったが持ち前の負けん気でめきめき力を付け、高校3年で14年ソチ・パラリンピックに出場。山田町は快挙に沸いた。しかし、大舞台の雰囲気にのまれて不完全燃焼に終わった。だから平昌大会は「金メダルを」と目標を掲げる。

 大東文化大に通う今は埼玉県で暮らす。「(山田町に)帰るたびに新しい町に生まれ変わっていくのを見て、私ももっと前に進まなければと思う」。復興への歩みは自身の活力にもなっている。

 山田町は津波で大きな被害を受けた後、NPO法人に復興事業費を横領される事件もあった。悲しい出来事が続いたが、父の達也さんは「友里香が出てきて少しは明るくなった。年配の方から生きる望みができた、とも言われた」と振り返る。

 阿部さんには、いつか故郷にカフェをつくる夢がある。「私を見て、みんなが頑張ろうという気持ちになれたら」。パラリンピック開幕の2日後は3月11日。つらい記憶の上に、少しずつ明るい色を塗り重ねていく。

【時事】

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