一関・平泉

特集 映画「もち」全国へ

Ⓒタビト・マガジンハウス

 一関市の餅食文化をテーマにした映画「もち」の全国公開が決定。出演者は全員住民、フィクションなのにドキュメンタリーのようでもある作品が映したものとは。

4月~劇場公開決定

 映画「もち」は一関市と市民の皆さんの協力を得て、タビト・マガジンハウスが製作。一関市のもちPR用動画の製作がきっかけで、リサーチを重ねる中で長編の構想が生まれ、2018年に完成しました。

▲Ⓒタビト・マガジンハウス

 作品のシンボルとなっているのは「餅」。一関市の本寺地区に住む14歳のユナを主人公にストーリー仕立てで描かれるこの映画では、暮らしの大切な場面に餅があります。撮影は骨寺村荘園遺跡で知られる同地区を中心に、17年から約半年間にわたって行われました。ヒロインのユナをはじめ、キャストは全て一関の人たち。本寺中学校の閉校など実際のエピソードを交えた「ノンフィクションに近いフィクション」という形で、土地の言葉、伝統、感情を生き生きと描いています。

 監督・脚本は500本以上のCM、人気アーティストのミュージックビデオなどで活躍する映像ディレクターの小松真弓さん。撮影の広川泰士さんは世界各地で個展経験があり、広告写真やCMでも活躍するカメラマン。トップクリエーターが描く一関の風景は必見です。

 18年に市民にお披露目され、広島で開かれた広島国際映画祭2019では招待作品として上映が実現。今年4月、“単館系映画ファンの聖地”といわれる渋谷ユーロスペースと、一関シネプラザから劇場公開が始まります。

 「もち」を通して映し出されるものは、時代を超えて受け継がれてきた文化の、その心。映画の実現に向けて奔走したエグゼクティブプロデューサーの及川卓也さんに、映画に込めた思いを聞きました。

「餅が根付く場所に忘れてはいけない生き方がある」
▲映画「もち」エグゼクティブプロデューサー/及川卓也さん 株式会社マガジンハウスクロスメディア事業局長、ウェブマガジン「コロカル」統括プロデューサー。一関市出身。世界遺産平泉・一関DMO理事。

 トレンドの最前線を行く「an・an」編集長を経て、地方にフォーカスを当てるウェブメディア「コロカル」を開始。動画、ネットショップ、ブランディング活動など、ウェブの特性を生かして地方の魅力を“編集”している及川卓也さん。「もち」ではエグゼクティブプロデューサーとなり、トップクリエーターと地元住民をつないで映画を完成させました。どうやってこの映画が生まれたのでしょうか。

 初めに一関もち食推進会議で餅のPR動画を作ることになった時、単なる広告や一時的なブームを狙った動画ではなく、餅が根付いてきた意味をしっかり捉えた「作品」にしたいと思った。そこで、CMの世界で活躍されている小松監督を「とりあえず一関に来てみない?」と誘って、市内のいろんな人に会ったり、餅文化を体験してもらったりしたのです。その時、本寺中学校で放課後に鶏舞を踊っていたユナに出会った。監督が「この子を撮ったら面白いかも」と脚本を書いて、製作が動きだしました。

 その時から映画製作の構想が始まり、PR動画と並行して映画は作られました。監督はじめ関係したみんなが、仕事の合間、合間に少しずつ協力してくれ、61分の作品が出来上がりました。監督自らも上映に向けて力を尽くしてくれる中、渋谷ユーロスペースの支配人が「これは普通の映画とは違う」と価値を認めてくれ、上映を決めてくれました。

 ヒロインは14歳の「ユナ」。祖母の死、本寺中学校の閉校、親友の引っ越しなど、周囲の変化に心が揺れる日々を過ごしています。ユナのみずみずしい表情と共に、葬式や、嫁入りの回想シーン、初盆、上棟式などの場面で餅がさりげなく描かれているのが印象的です。

 餅は人生の大切な場面で食べられているもの、つながりを大切にするものだということを、監督がシナリオに書きました。悲しみや喜びを分かち合おうとする精神性が根底にあるストーリー。本寺を選んだ理由は、景観や人々の関係性に“ユートピア”のような良さを感じたから。親と祖父母が協力して子育てをし、小規模校ならではの深い信頼関係が教師と生徒にあって、子どもたちは地元の行事で田植えをしたり神楽を踊ったりする。子どもが大人からいろんなことを教わっている風景がすごくいいなあと思いました。

 本寺中の文化祭や卒業式は実際の様子。先生も本人役です。フィクションなのに記録映画のようでもあります。

 プロの役者は一人も出ていません。地元の人たちがボランティアで協力してくれ、地元の言葉で演じてくれた。こういう市民参加型の映画は今までにない形ではないでしょうか。せりふは決められていましたが、監督は「自分の言葉に直してください」と伝えて、その人から出てくる言葉を撮っていった。だから出演者は役を演じているのだけれど、リアルな自分の思いがにじみ出てくる。映画の中で、出演者のもう一つの人生が進行しているような、ある意味、奇跡的な作品になったと思います。

 キャッチコピーは「忘れたくない 思い出せない その間に私たちがいる」。本寺地区が大きな被害を受けた岩手・宮城内陸地震に触れるシーンもあり、「忘れないためには努力が必要」というメッセージが心に残ります。

 高度にシステム化が進んだ東京に対し、ローカルに流れる時間には自然へのおそれや、神への感謝が息づいている。祭り、神楽、餅はその象徴であり、忘れてはいけない人間らしい態度、生き方がそこにはあるような気がします。故郷を離れて、その良さが痛切に分かります。

 「もち」は芸術性を追求した作品ではなく、誰でも楽しめる分かりやすい内容。一関で撮影しましたが、普遍性がある。広島で上映されたときも反応が良くて、日本全体にあるテーマだと思いました。ユナと同年代の10代の子たちをはじめ、多くの人に見ていただけることを願っています。

momottoメモ

▲Ⓒタビト・マガジンハウス

STORY
800年前の景観がほぼそのまま守られてきた一関市の本寺地区に住む14歳のユナ。おばあちゃんの葬式で、家族の説得を聞かずに臼と杵で餅をつくと言い張るおじいちゃんに、ユナだけがそっと寄り添う。ユナが通う中学校は生徒の減少から閉校が決定。ユナは自分の周りからいろいろなものがなくなり、離れていくことへの不安を感じ始める…。

CAST/佐藤由奈(ユナ) 蓬田稔(おじいちゃん) 佐藤詩萌(シホ) 佐々木俊(タツ兄) 畠山育王(先生)他
監督/小松真弓
公開/2020年4月、渋谷ユーロスペース、一関シネプラザ他全国公開

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