厳寒の山里に紙すきの音 東山・作業始まる【一関】
800年余りの歴史がある一関市東山町の伝統工芸品「東山和紙」。古くから「寒紙」と呼ばれ、1年でも寒い時期に紙すきの作業が行われている。同町長坂字北山谷の和紙職人鈴木英一さん(78)方で今年も紙すきが始まり、雪が降り積もった山里の作業場に紙をすく水音が響いている。
紙すきの作業は20日に始まった。原料のコウゾとミツマタの繊維、トロロアオイを溶かした液をステンレス製の漉舟(すきぶね)に入れ、その中で簀桁(すけた)を前後左右に動かして繊維を絡ませ、均等な厚さに整える作業を繰り返す。すき上げた紙は一晩置いて圧搾機で一日かけて脱水。その後は乾燥機を使って乾かし裁断して仕上げる。
独特の技法を忠実に受け継いで生産している東山和紙は素朴な風合いと丈夫さが売り。障子なら張り替えをせず10年くらいは持つといい、時間がたつと白さが増してくるのも特徴だ。
鈴木さんは多い年で3000枚ほどの紙をすくという。今季は昨年原料のコウゾがあまり採れず体力面なども考え2000枚ほどをすく予定。鈴木さんの和紙は町内小中学校の卒業証書に使われるほか、要望を受け書家らに販売している。
東山和紙は平安時代末期に奥州藤原氏の落人らが農業の傍ら生活用品として作り始めたとされ、清流山谷川のほとりの山谷集落を中心に受け継がれてきた。
江戸時代から文献に登場し、最も盛んだった幕末から明治の頃は長坂、田河津各集落のほとんどが紙をすいていたともいわれている。昭和の時代も冬場の副業として紙すきが行われ、県内外に販路があったが、和紙の需要減などもあり現在町内で紙すきをしているのはわずか2人となった。
和紙作りは原料の栽培から手入れ、加工、紙すきと1年を通して手の掛かる作業があり、「紙すきは作業のほんの一部」という。紙すきを始めて44年になる鈴木さんは「寒い時期も温度が上がらないように練炭一つでやっている。成り行きに任せてすいているが、書家の先生らの需要があるのでありがたい」と話す。
紙すきの作業は2021年2月末ごろまで続く。