奥州・金ケ崎

長英 江戸遊学に焦点 50周年で第1弾企画展 記念館【奥州】

高野長英が使ったとされる薬匙などが展示されている春の企画展「向学心に燃え、蘭学に励んだ江戸遊学時代」

 奥州市水沢の高野長英記念館(渡辺唱光館長)は2021年度、開館50周年記念として「真理を追い求めた高野長英の生涯」をテーマに企画展を開催している。春の企画展は江戸遊学時代(1820~25年)にスポットを当て、江戸で蘭学、蘭方医学に熱を入れた当時の書状を中心に展示。同館では「当時の心情や出来事がありのままに書かれており、当時の状況を垣間見られる貴重な史料」と話している。

 同館は1971年11月に開館。水沢出身の高野長英に関連する重要文化財など貴重な資料を所蔵し、企画や常設の展示で紹介している。開館50周年記念企画展テーマを設定し、長英の足跡を紹介。第1弾となる春の企画展のタイトルは、「向学心に燃え、蘭学に励んだ江戸遊学時代」とした。

 江戸に旅立ち、苦学の道を歩み始めた数え17歳の長英が叔父茂木左馬之助に宛てた書状(1820年6月11日)は、なんとか杉田伯元に入門できたものの住み込みができなかったこと、水沢出身の薬種問屋「神崎屋」に泊まって杉田の元に通っていること、祖父に教わったあんまで学資を稼いでいることなどがしたためられている。

 蘭方医学塾「蘭馨堂(らんけいどう)」を開いていた蘭方医吉田長淑の内弟子となった長英が養父玄斎に送った書状(1822年11月下旬)では、日光山で薬草を採集して筑波山に登り、鹿嶋神宮、香取神宮を参拝した「採薬の旅」の様子がつづられた。この年に師匠の名前から1文字をもらい、長英と名乗り始めた。また蘭文法の研究に着手したのも1822年だった。

 養父宛ての1824年8月17日の手紙は、全長7メートルと長英の書状では最長。奉公先を紹介した若者が奉公先で金品を盗んで逃げたため、長英が代わりに中間奉公をして弁償したことなどが述べられている。師匠が亡くなった後、蘭馨堂の運営に奮闘している様子や、日本近海に外国船が近づいている様子も養父宛ての手紙(1825年2月23日)に書かれている。

 書状のほか、養父の元にあったという「解体新書」「形影夜話」「和蘭医事問答」や、長英が使ったとされる薬匙(やくじ)などもある。

 同館学芸調査員の及川彩さんは「学問と生活の両面で充実した日々を送った様子が感じられる」とし、「江戸の大火や外国船来航などの情勢も細かく故郷に伝えてきて、当時を垣間見るための貴重な史料」と語る。

 春の企画展は6月20日まで。開館時間は午前9時~午後4時30分。月曜休館。学芸調査員による企画展展示説明会は今月15日午後1時30分から開かれる。

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