奥州・金ケ崎

76年ぶり故郷へ ビアク島で戦死・伊藤さん(衣川)の日章旗 地元関係者、思いはせ【奥州】

終戦から76年で戻ってきた伊藤さんの日章旗
伊藤さんの日章旗を囲む関係者(衣川ユネスコ協会提供)

 太平洋戦争下のパプアニューギニアのビアク島で戦死したとされる旧日本陸軍兵士伊藤正雄さん(奥州市衣川旧殿)の日章旗が故郷に戻ってきた。終戦から76年での帰郷に地元の関係者は日章旗に合掌する機会を設け、平和への祈りを新たにした。

 関係者によると、伊藤さんは1921(大正10)年2月生まれ。日本遺族会の調査では歩兵第222連隊に所属し、同島で戦死したという。

 日章旗は44(昭和19)年5月、同島の洞穴の中で死亡していた日本兵が身に着けていたのを、米軍の航空部隊員が持ち帰ったといい、この元米兵が2020年に返還の意向を示して同遺族会に送付。持ち主についての調査を経て遺族は受け取りを希望し、今年に入って引き渡された。

 日章旗には「祈武運長久」「為伊藤正雄君」「南股報徳社」と書かれ、氏名と当時の出身地・地区割などの情報が一致するため、伊藤さんが出征の際に持っていた物とみられる。日章旗を所持して事切れていた兵士が伊藤さんであったかは判明しなかった。

 7月28日に衣川地区センターで開かれた衣川ユネスコ協会の活動「平和の鐘を鳴らそう」に合わせて、同協会員と衣川遺族会の会員らが集まり、伊藤さんの足取りと日章旗返還までの経緯を紹介。所々傷みも目立つ旗に手を合わせた。

 同島で日本軍は米軍に敗れ、洞窟に立てこもる兵士に対し、米軍はガソリンを注ぎ放火したなど凄惨な戦況が伝わっている。

 同協会の佐々木秀康会長は「これまで伊藤さん個人を公に弔う機会はなかったが、みんなで手を合わせたことで浮かばれたのでは」、同遺族会の浦川福一会長は「英霊が帰ってきたようで、自分のことのようなうれしさがこみ上げた。災害で行方不明者の帰りを待つ人たちのように、遺族の多くは同じような気持ちのはず」とそれぞれに思いを語った。

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