大船渡線と私 開業100周年プレ企画
陸中門崎駅を出て長いトンネルを抜けると、私の心に残る横石鉄橋です。広大な川面は深緑色によどみ、鉄橋の下では大きな渦を巻き、また盛り上がり、小学生だった私には、川底に恐ろしい怪物がいて落ちてくる人間を狙って動き回っているようで、見るたびに体が硬くなったのを覚えています。
川の名も鉄橋の名も知ったのはずっと後で、雨が少なく水位が下がると、鉄橋の下に岩盤が現れるのが名前の由来とか。
中学生の頃、面白半分で座席の下に転がっていた酒の空き瓶に住所、名前などを書いた紙片を入れて、列車の窓から北上川に投げ込みました。
ある日、学校に私宛ての手紙が届き、何とあの瓶を拾った宮城県桃生郡に住む私と同学年の男子からでした。なぜ学校宛てだったかというと、万年筆で書いたため湿気で字がにじみ、かろうじて読めた住所の一部と同じ学校名を見つけて駄目元で出したとのこと。今から60年ほど昔のことです。
(一関市真柴・温石さん)
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企画/一関市観光協会、岩手日日新聞社