一関・平泉

大船渡線と私 開業100周年プレ企画

紅白歌手と遭遇も 西城たみ子さん

 昭和20年代、折壁駅前にはお茶屋さんをはじめ、さまざまなお店がありました。朝下り1番の列車は魚の加工場へ通う女性たちや土木作業員、行商のおばさんたち、山菜や野菜、キノコなどを背負って市場に向かうお母さんたちでいっぱいでした。

 昭和40年代、兄弟姉妹が帰省する盆と正月は、どこの家でも駅まで迎えに行き、帰京する時には送っていきました。重い物や布団のような物は「チッキ(国鉄が行った手小荷物輸送)」で送り、手荷物は入場券を買ってホームまで持ってあげて、しばしの別れを惜しんだものです。

 昭和51年ごろでしたか、私が夫の入院先に行くためホームに出た時、「嫁に来ないか」を歌っている歌手に遭いました。その年の紅白歌合戦に出た新沼謙治さんでした。

 昭和一桁生まれの私にとって、蒸気機関車の迫力ある音やにおい、一生懸命にスコップで石炭を投げ込んでいた機関士の姿がとても懐かしいです。(一関市室根町)

momottoメモ

紙面の都合で、投稿いただいた文章の一部を編集、省略して掲載しました。これまでに紹介したエピソードは岩手日日ホームページで公開しています。

企画/一関市観光協会、岩手日日新聞社

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