連載小説「いけころし~伊達男捕物帳」

第三話「孤船上の殺人」(4)

 次吉がそれぞれの身辺を洗いなおした結果、被害者の梶新右衛門と、万五郎が玄爺の家の前で出くわした御用聞きの勘兵衛につながりがあることが分かった。
 梶新右衛門と勘兵衛が一緒にいるところを、よく目撃されていたというのだ。
「となると、屋形船事件の真の下手人は御用聞きの勘兵衛か?」
 久四郎は言った。
「梶新右衛門を殺して一息ついたところに、目撃者が生き残っていることを知った。芝蘭堂で万五郎と出くわしたとき、勘兵衛の目的は藤一を殺すことだった」
 次吉は続いた。
「どうであろうな。しかし、勘兵衛よりも気になる者がおる。次吉、悪いがもう一度使いを頼む」
 万五郎は、次吉に藤一の周辺を洗うよう言づけた。おそらく、数日で万五郎の予想通りの結果がもたらされるであろう。

「寝たままでよい」
 万五郎は、芝蘭堂で床に伏す藤一本人の元に出向いていた。急に見知らぬ同心が現れ、驚いて起き上がろうとする藤一を制したのだった。
 事件当時の様子を藤一は、詳しく万五郎に話した。それは、万五郎があらかじめ聞いていた話と寸分の違いもなく、まるでガマの油売り口上を聞かされている気分だった。
「藤一、もう一度確認するが、下手人はまずお前を襲ったのだな?」
「へい。ですので、その後の事はなにも。梶様とおきくが死んだのも後で知ったくらいで」
「斬られたとき、お前は悲鳴を上げたかい?」
「どうでしょう。覚えておりませんが、おそらくそれなりの声は上げたかと」
「そうかい……」
 万五郎は鬢の辺りを掻きながら、黙り込んだ。
「小山様。なにか可笑しなことがありますかい?」
「いやな、順番が違うと思ってな」
「順番でございますか……」
「ああ。傷の数からみて、下手人は梶に相当な恨みがあった。とすると下手人は船に乗り込んで真っ先に梶を狙うのでは、とな」
「……」
「小舟がお主の屋形船に衝突したと言ったな?」
「へい……」
「その衝突で何かあったことが分からんほど、梶は無神経な者ではないはずだ」
「……」
「俺が下手人なら、真っ先に梶を狙う。手練れの梶に刀を取る間を与えては面倒だからな。丸腰のお主を殺るのは梶を殺ってからでいい」
 すると藤一は目を伏せてこう言った。
「それをあっしに申されても困りまする」

 その夜、藤一は芝蘭堂を抜け出した。築地から門前仲町にある自宅に向かったのだ。
 事件のあった当日のように、綺麗な月が浮かんでいた。月明りを頼りに、藤一は手負いの体を引きずるようにして先を急いだ。
 江戸の夜は暗い。灯りが無くても通りを歩ける夜はそうそうない。
 藤一は天が味方してくれていると確信した。
 門前仲町にある呉服問屋の裏手の長屋が自宅である。藤一は、少しの物音も立てず戸を開けると、囲炉裏の灰に手を突っ込む。その中に隠してあった小さな包みを懐にしまうと、再び外へ出ていく。
 次に藤一が向かった先は、深川にある一軒の小料理屋である。この小料理屋は御用聞きの勘兵衛が営む店であった。
 藤一は懐から包みを出した。包みを剥ぐと、中からは刃がむき出しになった短刀が現れた。刃はよく研がれており、月明りが反射して光っている。
 料理屋の中から明かりが漏れていた。刻は九つ(深夜十二時)の少し手前だ。この時間、やっている店は珍しい。
 藤一はそっと戸を少し開けて、中の様子を覗いた。
 黒い羽織の背中が見えた。
(お武家がこの時間に?……)
 藤一は、背を伸ばし奥の様子を窺ったが、男が一人いるだけで、他に人気は感じられなかった。
「藤一、入って参れ」
 店の中で飲んでいる男が言った。
 藤一はその声に、覚えがあった。
(小山万五郎だ……)
 藤一は、訳が分からずゆっくりと後ずさりする。しかし、その背後を阻む者がいた。
 久四郎であった。
つづく-------

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momottoメモ

吉田 真童(よしだ・しんどう)1977年11月、千葉県生まれ。3歳から一関市で暮らし、山目小・中学校、県立一関一高卒業。日本大学中退後、仙台市の建築士事務所勤務を経て地元で文筆活動に入る。2010年、第3回WOWOWシナリオ大賞優秀賞。同年の第35回創作テレビドラマ大賞を受賞した脚本「夜明けのララバイ」がNHKにてドラマ化され、12年3月全国放送。18年9月、小説「天下にきらら 幕末少女伝」を上梓した。

◆吉田真童オフィシャル「いけころし」特設サイト https://shindoyoshida.com/ikekoroshi/

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地元一関で文筆活動 念願の著書初出版・吉田真童さん