連載小説「いけころし~伊達男捕物帳」

第一話「穢れ」(3)

 捜査の結果、新堀川の遺体は、駕籠かきの源助であることが分かった。
 駕籠かきとは、宿場や街道で駕籠や荷物運搬などに従事した人である。または雲助とも呼ばれた。定まった住所がなく雲のようにあちこちをさまよっているからとも、網を張って客を待つのが蜘蛛のようであるからともいう。人の弱みにつけこむ、たちの悪い者が多かった。つまるところ、無頼の者である。
「こりゃまた厄介な」
 知らせを受けた万五郎は扇子の先を額に当て、目をつぶった。
 このところ、駕籠かき一派が縄張りを争い、毎日のように揉め事が相次いでいた。主に久四郎率いる箱根一派と、赤坂麻布界隈を縄張りとする長七郎一派との争いだったが、この久四郎という男が厄介であった。
 背中に般若の刺青があることで、通称・般若の久四郎と呼ばれていた。とにかく乱暴な男で、しきたりや不文律などお構いなし、歯向かう者は再起不能になるまで打ちのめす。薄笑いを浮かべ殴り続けるその様は、まさに般若の形相であるという。そして遺体の源助は、久四郎の舎弟であった。
「長七郎一派の差し金に違いねえ」
 源助の遺体を前にした久四郎は、そう呟くと拳を握った。
 ここは八丁堀にある、臨時廻り四番組の役宅である。
 今朝早く久四郎は、源助の遺体を引き取るため十人足らずの手下を従えてやってきたが、門前で手下は止められ、久四郎のみが通された。
 源助は土間の上に軽薄に敷かれた筵の上に横たわっていた。
「必ず下手人は捕まえる。無用な争いは起こさぬように」
 万五郎の言葉は久四郎に届いたのだろうか。
 久四郎は、無言で拳を握りしめると踵を返した。
「俺の言うことが分かるか」
 万五郎は久四郎の前に先回りして、まじまじと顔を見た。その顔に表情は無く、細く切れ上がった目は冷たく、もはやここに意識が存在してないかのようだった。
「おめえに、仲間をやられた気持ちがわかるか」
「長七郎一派がやったという証拠はどこにもないぞ」
「調べたのか?」
 万五郎は口ごもる。確かに、長七郎一派が怪しいことは分かっている。しかし、調べを尽くしているかと言われればそうではない。
「無理はしなくていいぜ。俺ら半端者の争いに公儀の手を煩わせる気はそもそもねえからよ」
 久四郎は万五郎の肩をぽんと叩く。そして、返す言葉無く立ち尽くしている万五郎の背中に向かって静かにこう言った。
「ただ、覚えていてくれ。どんな破落戸(ごろつき)でも人の子だってことをな」
 図星であった。万五郎の気持ちのどこかに、堅気ではない者たちの争いという思いがあった。久四郎はそれを見透かすように言いぬいたのだ。
「必ず下手人は捕まえる」
 万五郎は、こんな気持ちの無い、気休めの決まり文句を無自覚に吐いた自分を責めた。これでは手柄のためであれ躍起になって下手人を探している他の同心たちの方がよほど立派であろう。

 万五郎は、久四郎たちの後を追った。聞き及ぶところによると、長七郎一派は芝浜辺りを塒(ねぐら)にする任侠の一大勢力であるという。十人足らずの集まりで、どうしようもないのは火を見るよりも明らかである。どうするつもりか見届けたくなった。
 そして同時に、久四郎に対して不思議な興味が湧いていることを万五郎は感じていた。冷静と狂気、本来であれば共存するはずのないものだが、あの男にはそれがあった。
 久四郎たちは、芝浜の船宿『丸新』の前に着くと、そのまま店の中になだれ込んだ。
 船宿は一気に修羅場と化す。人数では劣勢の久四郎一派は、一度は店の外に押し出されるが再び押し戻すという攻防が続いた。久四郎は、店の外で目をつぶったまま腕を組み黙って立っていた。
「長七郎だ!」
 久四郎一派の者が声を上げた。
 その刹那。久四郎は着物の袖から腕を抜くと、その両腕を胸元から出し、ぐいと着物の襟を押し広げると、ぱっと着物を剥いだ。
 露になった久四郎の上半身。首の下から手首にかけてびっしりと刺青が彫られていた。紺色の雲や炎の隙間から若干の人肌は見えるが、それはまるで人の肌には思えない、刺青という鎧をまとった様である。その背中の中央に、般若が不敵な笑みを浮かべて鎮座していた。
 辺りは騒ぎを聞きつけた野次馬で、芝浜の海岸沿いの一本道は人で溢れ、通りを塞いでいた。
 久四郎は喧騒を気にも留めず、黙って立っていたが、突然その眼がぱっと開いたかと思うと店の中に走り出した。
 距離を置いて見守っていた万五郎も思わず、久四郎の後を追い、店の中に駆け込む。
 久四郎は、狭い船宿の中でもみ合う間を物ともせず、人の頭や肩を踏みつけ階段上の長七郎めがけて、だっと駆け上がった。
 それはまるで波の上を走る羽の生えた天馬のようであった。
 久四郎は階段上の長七郎に飛び掛かると、周りの制止を振り払いながら長七郎の顔面に何度も拳をふるった。その凶気ぶりに、辺りの敵味方はやがて言葉を失い、後は長七郎のやられる様を皆、ただ呆然と見ていることしかできなかった。
 玄関先に集まる手下どもの隙間から、その様子を見守っていた万五郎は、後ずさりすると身を隠すようにその場を後にした。
 なぜ逃げるようにその場から離れたか、万五郎にも分からなかった。いずれ同心たちが駆け付けた時に自分が居ては、事態の混乱に収拾がつけられない無能さを露呈するようで、不甲斐なかったのかもしれない。
 もしくは、久四郎というものに興味を持った自分に、不思議と気恥ずかしさを持ったのかもしれない。
つづく-------

《WEB限定掲載・毎週水曜日更新》

※前回までの話は、電子新聞momottoのメニュー「momotto+」→「LOCULTURE」でお読みいただけます。

momottoメモ

吉田 真童(よしだ・しんどう)1977年11月、千葉県生まれ。3歳から一関市で暮らし、山目小・中学校、県立一関一高卒業。日本大学中退後、仙台市の建築士事務所勤務を経て地元で文筆活動に入る。2010年、第3回WOWOWシナリオ大賞優秀賞。同年の第35回創作テレビドラマ大賞を受賞した脚本「夜明けのララバイ」がNHKにてドラマ化され、12年3月全国放送。18年9月、小説「天下にきらら 幕末少女伝」を上梓した。

◆吉田真童オフィシャル「いけころし」特設サイト https://shindoyoshida.com/ikekoroshi/

momottalk
地元一関で文筆活動 念願の著書初出版・吉田真童さん