連載小説「いけころし~伊達男捕物帳」

第二話「下手人 久四郎」(7)

 中田は、日ごろからおゆきの手仕事を見ていた。また一方で、料理包丁など握ったことが無いため、凶器である小さい包丁のことを、裁ち包丁だと思い込んでいたのだ。
「おゆきは久四郎とは別の男に言い寄られ困っていると申していたそうでございます。中田様は、人目につかぬように夜な夜な、おゆきの長屋に通っていたのでございましょう。しかし、あの夜、おゆきから久四郎のことを告げられた」
 万五郎は、愛用の田村家一関藩の家紋の入った黒漆の扇子の先をとんとんと額に当てながら部屋の中を歩いた。
「同心である自分を袖にして、町人風情に嫁ごうとしたおゆきが許せなかったのでしょう」
 万五郎は再び中田の傍で膝を折ると、自分の顔をぐっと中田に寄せて言う。
「おゆきを殺したのは中田楷助、お前だな」
 中田はがくりと肩を落とした。
「死んだのは身寄りも無い女だぞ。おれは壱番組同心だ……」
「同心であれば人を殺してもいいという道理なぞ無い」
「相馬様! 私は、誰よりも忠実に」
「もうよい」
 相馬は中田の言葉を絶つと苦虫を噛み潰したような顔をして腰を上げた。
「立て」
 中田の腕を後ろ手に取り相馬がその場を後にしようとした時である。二人の前に久四郎が立ちはだかった。
 表情のない冷たい目で中田を見つめていた。そして、おゆきが拵えてくれたという手甲を巻いた拳を握りしめた。
 万五郎は片膝を着いたまま、黙って畳の縁をじっと見つめていた。
 はたして久四郎はどうするか? 見届けようと思った。
 久四郎のことだ、その拳で人一人を捻り殺すことは造作もないことであろう。しかし、例えそうなったとしても万五郎に止める気はない。
 久四郎は、かけがえのない人を失った。その心を推し量るには余りある。
 目の前で行われる敵討ちを黙って見過ごすのは、同心としてあるべき姿ではないだろう。しかし同時に、万五郎には不思議と確信めいたものがあった……。
 久四郎は、中田の前にゆっくりとにじり寄る。そして、怯えたように目を伏せた中田の襟首を掴んだ。
「今日は、この場に免じて見逃してやらぁ……」
 久四郎は静かに中田に告げると、襟首を掴んだ拳を解いた。

 中田を吟味した結果。痴情のもつれから、その場にあった包丁でおゆきを殺害したことを認めた。
 万五郎の推理の通り、中田は町人の格好をして人目を避けるようにおゆきの長屋に通っていたらしい。
「俺の妾になれ」
 中田の申し出に、おゆきは当初、はっきりとした態度を示さなかった。無理もない。定廻り同心とは、同心の中でも花形である。その中田からの申し出を無下に断っては、どんな誹りを受けるか分からない。中田自身、それを見越した上で言い寄っていたのであった。
 痴情のもつれからおゆきを殺害してしまった中田は、すぐさまその場を後にした。そして一計を案ずる。
 翌朝、おゆきの家に向かい、自分が第一発見者になることで、事を進めようと考えた。
 あわよくば自殺で片づけられるかもしれない。
 しかし、手を血に染めた久四郎と鉢合わせすると、とっさに、久四郎を下手人に仕立てることを思いついたという。
 いずれにしても、酌量の余地のない身勝手な犯行であった。
 数日後、中田はお白州の上で、打ち首を言い渡された。

「俺を白だと信じてくれたことには、礼を言うぜ」
 田村家一関藩邸の門前で、久四郎は気恥ずかしそうに万五郎に背を向けたまま、ぼそりと告げた。
「その確証は無かった。まあ、読みが当たって幸いだったな」
 万五郎も久四郎から目をそらすように言った。
「これからどうする?」
 万五郎が訊くと、
「さてな。今更、箱根には戻れねえ」
「せっかく纏めた組を。もったいなかろう」
「いや、そもそも纏め役なんぞ俺には向いてねえ」
「そうか。ならば一つ仕事の口を利いてやろうか」
「なんだ?」
 と振り向いた久四郎の顔をしっかりと見つめた万五郎は、
「密偵の空きがある」
 と言った。
 久四郎は、それを鼻で笑うと、
「お前に顎で使われるなんぞ、御免だ」
 と、まんざらでもない笑みを浮かべた。
了-------

《WEB限定掲載》

※前回までの話は、電子新聞momottoのメニュー「momotto+」→「LOCULTURE」でお読みいただけます。

※続編(第三話)の掲載も予定しています。どうぞ、ご期待ください。

momottoメモ

吉田 真童(よしだ・しんどう)1977年11月、千葉県生まれ。3歳から一関市で暮らし、山目小・中学校、県立一関一高卒業。日本大学中退後、仙台市の建築士事務所勤務を経て地元で文筆活動に入る。2010年、第3回WOWOWシナリオ大賞優秀賞。同年の第35回創作テレビドラマ大賞を受賞した脚本「夜明けのララバイ」がNHKにてドラマ化され、12年3月全国放送。18年9月、小説「天下にきらら 幕末少女伝」を上梓した。

◆吉田真童オフィシャル「いけころし」特設サイト https://shindoyoshida.com/ikekoroshi/

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地元一関で文筆活動 念願の著書初出版・吉田真童さん