連載小説「いけころし~伊達男捕物帳」

第一話「穢れ」(11)

 晋の文字には、真っすぐ育ってほしいとの親の想いが込められていた。
 その名のごとく、困っている人がいれば手を貸す。気立ての良さは、誰からも慕われる自慢の息子に育った。
 晋太郎は幼少の頃から商人や職人ではなく、武士になりたいとの志を持っていた。しかし、女一人子一人の身である、おときにはどうしてやることも出来なかった。
 その日は、八つ(午後二時ころ)を過ぎたころから急に天候が荒れだした。宿場の通りを行く人々も、急に降り出した雨に行く手を阻まれ、近くの軒下に逃げ込んだ。地面で雨粒が飛び跳ねるほどの土砂降りであった。
「一晩、宿をお借りしたい。我らは郡奉行副役、中安花崎守の一行である」
 おときの働く旅籠屋に郡奉行副役の中安一行がやってきたのは、その時である。
 東北の雄藩である花崎藩の藩主、中安重正は郷里から江戸に向かう途中であった。千住から日本橋までは二里(約八キロ)ほどの距離。中安一行は夕刻までに江戸に着く手筈であったが、急な雨に予定を断念。その日は千住で過ごし、翌日、江戸に発つことにした。
 その際、玄関先で応対をしたのがおときであった。宿場の外れにある寂れた旅宿である。幕府の重役が泊まるなど、一生に一度あるかないかの好機であった。
 この時、おときは、
(これは天からの思し召しに違いない)
 と、胸の内で手を合わせたという。
 息子を取り立ててもらおう。おときの心に邪欲が沸き起こった。
 しかし、江戸の世は世襲が習わしである。武士の子は武士、百姓の子は百姓である。近頃では金で武士の身分を買う者もいると訊くが、数十両も金を積むという。百姓や商人が帯刀を許されるなど、ありえないことだとおとき自身が一番分かっていた。
(息子を武家に……)
 おときはこの一心で中安をもてなした。
 決して美人ではないが、色白で瓜実顔の女の甲斐甲斐しさは、中安の心に響いたのであろう。その後、中安は折を見てはおときの元へ通うようになった。
「中安様。どうか息子の晋太郎を取り立ててやってはくださいませんか」
「よかろう」
 我が息子を養子にしてくださいとの申し出に、中安は意外にも快諾した。そして、あれよあれよという間に話がまとまった。
「縁組願いの証文を幕府に出すゆへ、それまではうちに通って奉公するがいい」
 晋太郎は帯刀が許されたことが余程嬉しかったようで、帰ってくれば磨いて、寝床では抱いて寝る。その様子は、おときも呆れるほどで、
「まるで赤子ですね」
「いいではありませぬか」
「武士たるもの、もっと襟を正して生活せねばなりませぬ」
「しかし、母上。晋太郎は、天にも昇る気持ちなのです。もう、これで死んでもかまわないと思うほどです」
「まあ、縁起でもない」

 ある日の夜……。
「これから何があっても他言してはなりませぬ。それが武士たるものです」
 寝床に入る前、晋太郎は神妙な面持ちでおときにこう言った。
 おときはこの時、さほど気にも留めなかった。人生は厳しく険しい、これから幾度となく気落ちすることもあろう。晋太郎も大人になった証であると。
 翌日、おときが目を覚ますと、衝立の向こうの土間の上に、腹に刀を突き立て息絶えた晋太郎の姿があった。歳は数えで十五、まだ元服前だった。
 傍らには文が残されていた。そこには、出来心で中安家の金を盗んで使った旨が書き記されていた。

「晋太郎が、人様の……そんなことをする筈が……」
 おときの目から涙が滂沱とあふれ落ちた。
「中安は最初から晋太郎を利用するつもりだった……」
 おときの告白を訊いていた万五郎が悲痛な面持ちで呟くと、おときは涙に濡れた床で拳を握りしめた。
「それで中安を殺そうと思い立ったのだな。息子の無念を晴らすために……」
「そうでは御座いません」
 おときは顔を上げ、檻格子を両手で掴んだ。
「息子を死に追いやったのは私です。晋太郎は、私が手を尽くさなくても立派に武士になったはず。私が欲をかいたせいで息子は死にました。これは身勝手な母の逆恨みです」
 おときは赤く染まった瞳で、まっすぐ万五郎を見つめ言い切った。
「おとき……」
「晋太郎は、武士として死んでいきました。主君のために腹を斬ったのです。その意志を穢したくはありませぬ。小山様、私は人を殺めました。死んでお詫びいたします。ですから、どうか息子のこと、中安様のことは小山様の胸の内に……」
 おときは、正気を失った女を演じていた。
 自ら手を下せば、中安との関係が明らかになる。さすれば晋太郎の罪が白日のもとにさらされる。無実とはいえ、それは耐えられぬことだった。一介の町民が、郡奉行副役の悪事を告発したところで、もみ消されるのは目に見えている。
 おときは、最初から源助を殺すつもりだった。晋太郎の死の原因を秘密にしておくには、自ら罪を犯して死罪になることが最善と考えたからだ。秘密を背負ったまま、正気を失った下手人で死ぬ覚悟であった。
 しかし、恨みを晴らさず、みすみす犬死にするのは耐え難い。一計を案じたおときは、源助をそそのかし中安暗殺を企てたのだった。
 計画は失敗に終わった……。
 腕を焼いて喰ったのは、正気を失っていると印象付けるための偽装であったと、この時の万五郎は考えていた。
 しかし、別の意味も隠されていたことを後々万五郎は知ることとなる。

 密教において護摩を炊く時に使用する護摩木は、供物として動物を生贄にする代わりだという。
 その昔、弘法大師の護摩の灰と偽り、ただの灰を売る詐欺師がいたため、その詐欺を護摩の灰、その行為を「ごまかす」と言ったことが「誤魔化す」の語源だそうだ。
 息子の名誉を取るか、自ら中安を手にかけるか、おときの気持ちは最後の最後まで揺れていたであろう。
 そして考え抜いた計画が失敗に終わったと知らされた時、おときには自らの本心を誤魔化すしか道は残っていなかった。
 おときの憎しみは、立ち上る煙と共に昇華されたであろうか。
 いや……。
「中安、晋太郎の恨み。覚悟!」
 最後まで、そう叫びたかったに違いない。
つづく-------

《WEB限定掲載・毎週水曜日更新》

※前回までの話は、電子新聞momottoのメニュー「momotto+」→「LOCULTURE」でお読みいただけます。

momottoメモ

吉田 真童(よしだ・しんどう)1977年11月、千葉県生まれ。3歳から一関市で暮らし、山目小・中学校、県立一関一高卒業。日本大学中退後、仙台市の建築士事務所勤務を経て地元で文筆活動に入る。2010年、第3回WOWOWシナリオ大賞優秀賞。同年の第35回創作テレビドラマ大賞を受賞した脚本「夜明けのララバイ」がNHKにてドラマ化され、12年3月全国放送。18年9月、小説「天下にきらら 幕末少女伝」を上梓した。

◆吉田真童オフィシャル「いけころし」特設サイト https://shindoyoshida.com/ikekoroshi/

momottalk
地元一関で文筆活動 念願の著書初出版・吉田真童さん