里山スケッチ

花と流水、春迎え

夏を前に葉と茎を枯らすキクザキイチゲは春植物の仲間

 10年前の4月であれば、積雪のため到底たどり着けなかった厳美の山奥。今冬の3月は、2月と入れ替わったと思うほど雪が降った。片や、そこは既に早春を招き入れ、残雪が微かな冬の名残を見せるだけだ。

 幾多もの小さな流れが注ぎ集まり、軽やかな水音を奏でる沢筋を成す。ふんだんな雪解け水が運ばれてゆく。芽吹きの時期はまだ先で、林床に暖かな陽光が行き届く。光と水の恩恵を受け、真っ先に咲いたのはキクザキイチゲ。一茎に一輪咲く菊を思わせる花が種名の由来で、切れ込みの深い葉も特徴的。白花と青紫の花があり、両方が一つの群落に混生することは珍しい。草丈10センチほどと小さく、明るく湿った落葉広葉樹林を中心に自生。そのため、管理できず林床が暗くなった里山林では絶滅にひんしている。

 光を反射させ、赤や緑の水玉きらめく流水。そして、次々にキクザキイチゲのつぼみが開く。移ろう時の中で懸命に生きつなぐ花の姿に、振り返らず前進し続ける美と覚悟を感じた。

(写真・文、久保川イーハトーブ自然再生研究所上席研究員・佐藤良平)