終戦から72年 過酷な日々 忘れじの「異国」

2017年8月15日付岩手日日の特集紙面

 「玉音放送」によって太平洋戦争における日本の無条件降伏が国民に伝えられた1945(昭和20)年8月15日。その日は戦いの終わりであり、始まりの日でもあった。70年以上を経てなお薄れぬ過酷な日々の記憶。72回目の終戦記念日。あの時代を生き抜き、今を生きる体験者の声を聞いた。

(千葉真裕美) 

 日本から6000キロ離れた南海の島ニューギニア。太平洋戦争中、日本兵約20万人が上陸した。しかし、激しい戦闘と飢餓、過酷な自然環境との戦いで、その多くが野末の露となった。極限状態で生死を分けたのは運と強い気持ち。「倒れても、はってでも生きて帰る」。生還できたわずか2万人の兵士の一人は身をもって語る。・・・【続きを読む】
 
 日本で生を受け、今も暮らす。ここは故郷に違いない。だが、“兎(うさぎ)追いしかの山”は大陸にある。多感な少年時代を過ごし、天国と地獄を味わった満州(現中国東北部)。「赤い夕日の故郷のことは一生忘れることはない」・・・【続きを読む】
 
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証言集 戦後70年―忘ルベカラズ―

 戦後70年の節目を迎えた2015年、「岩手日日」で1年間にわたって展開した企画特集を再編集し、証言集として出版しました。お問い合わせ、ご注文は岩手日日新聞社販売事業局(〒021-8686 岩手県一関市南新町60 電話0191(26)5112)まで。

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