北上・西和賀

移ろう時代 刻む柱時計 佐々木幸一さん 手間かかるも愛着【北上】

コレクションの柱時計を家族のように大切にしている佐々木さん
大正 昭和 平成… 令和

 コチ、コチ、コチ、コチ、コチ-。どこか懐かしさを感じさせる耳なじみの良い音が小刻みに響く。北上市下江釣子のクリーニング店経営佐々木幸一さん(71)方の玄関にずらりと掛けられた古い柱時計。数十年前から骨董(こっとう)店で購入するなどして集めたもので、大正や昭和に作られた物が多く激動の時代を静かに見守ってきた逸品だ。平成も残り1カ月を切った。佐々木さんが共に時間を刻む家族のように大切にしている柱時計は、新しい「令和」の時代も変わらず時を刻み続ける。

 日本の柱時計は明治時代初めに米国から伝わり、国内でも同じように作ったのが始まりとされる。佐々木さん方の玄関に飾られた数は40を超える。SEIKOの前身である精工舎が製造した文字盤がボール紙の時計や、明治以降に作られ、当時は斬新なデザインだった「四ツ丸」と呼ばれる物など、貴重な年代物の時計が壁を埋め尽くしている。

 佐々木さんが柱時計の収集を始めたのは約20年前。知人から1台の柱時計を譲り受けたのがきっかけで、洗練された彫刻や振り子の細工に魅力を感じた。以来、なじみの骨董店や中古店を回ったり、古い公共施設から譲り受けたりしながら数を増やしてきた。

 所有するほとんどがぜんまい式で、時を刻ませるには数日から1カ月の間隔でぜんまいを巻くことが必要。替えの部品がないため取り扱いにも気を配り、定期的な油差しなど手間はかかるが、「それぞれに特性やクセがあり、愛着がある」と目を細める。

 今年に入ってから地元の地区交流センターで初めてコレクションの一部を展示した。「珍しい」「昔家にもあった」などの反響があった。かつて地域や家庭にあった柱時計に触れ、温かみを感じてもらえたことに喜びを感じている。

 「子供の頃は夜になると時計の音が不気味に感じて怖かった。今は振り子の音を聞くと安心するし、時計も生きているんだなあと実感する」と佐々木さん。年季の入った時計たちに親しみを込めて「家のおじいちゃん、おばあちゃん」と呼ぶことも。「終活」の一つとして譲ることを検討しつつも、今後も共に過ごすひとときを大切にしていく。

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